歴史をたどる

かつて多くの人々と物が行き交い、交通の要所として伊賀のまちを発展させてきた3つの街道《伊賀街道・初瀬街道・大和街道》や、どこか懐かしさを漂わせる小京都とも呼ばれる古い町並みなど、歴史の瞬間が刻まれた地を訪れ、往時に想いを馳せるのも伊賀旅の醍醐味です。
 

初瀬街道

京・大和方面と伊勢を結ぶ初瀬街道は、現在の松阪市六軒から青山峠を越え、名張を経て奈良県の初瀬(長谷)へと至ることからその名が付きました。古くは「青山越」「阿保越」、参宮表街道、参宮北街道とも呼ばれ、古代には大海人皇子が名張に至った道であり、また斎王が伊勢へと赴いた道でもありました。初瀬街道が伊勢街道から分岐する六軒や青山峠の麓の垣内宿では、多くの参宮客が往来した当時の様子がうかがえる伊勢音頭が歌われたといわれています。→みえの歴史街道・初瀬街道(※平成24年3月時点の情報です)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

大和街道

大和街道は関の西の追分で東海道から分岐し、三重県を抜けて奈良へと続き、木津川の水運につながり淀川を経て京都・大坂へと人々を導いた重要ルートです。また、大海人皇子が壬申の乱の折に、源義経が木曽義仲を討つ折に通ったと言われ、また大和地方諸国の大名が参勤交代に利用したなど、古い歴史を持つ街道です。(※時代背景を考慮し、大阪は「大坂」と表記しています。)→みえの歴史街道・大和街道(※平成23年2月時点の情報です)

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
加太越奈良道
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 伊賀街道

伊賀街道は、伊勢・伊賀二国の大名藤堂高虎の移封後、津(本城)と上野(支城)をむすぶ最も重要な官道として整備された街道です。この道は上野経由で伊勢に向かう参宮客だけでなく、津方面から水産物や塩が、伊賀方面から種油や綿などが運ばれた伊賀・伊勢両国の経済・生活の大動脈としての役割も担っていました。→みえの歴史街道・伊賀街道(※平成23年2月時点の情報です)

 

 
 
 
 
 
 
 

 史跡・遺跡

伊賀には古墳時代からの遺跡や史跡が多数存在いたします。(古墳等は伊賀の石造物をご覧ください)

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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