伊賀市にある石造物

 

伊賀街道 野仏の道

 

旧道はウォーキングコースとして整備されており、荒木神社から中ノ瀬橋への道中に多数の石仏がある。途中対岸に中ノ瀬磨崖仏が見える所があります。竹が美しく生え揃った道など、風情ある景色が楽しめますが柵などがなく、細い道の箇所もあるので注意が必要です。

[住 所] 伊賀市荒木

 

中ノ瀬磨崖仏

 

国道163号線沿いに佇むこの磨崖仏は伝阿弥陀三尊像、地蔵菩薩立像、不動明王立像からなる石仏群であり、県の指定文化財でもある。花崗岩の岸壁に彫られており中央の阿弥陀如来立像は伊賀市の磨崖仏としては最大のものである。鎌倉時代から室町時代にかけて徐々に他の像が彫られていったと考えられており、古くから伊賀別所への参拝の人々によって服部川を挟む対岸の伊賀街道より拝まれていたと考えられている。

[住 所] 伊賀市寺田

和銅の道

  

和銅4年(711)に藤原京からの平城遷都に伴い東海道への官用の通信連絡のため現在の京都府木津川市加茂町から笠置町、伊賀市島ヶ原、上野へと通じる道。
JR伊賀上野駅から滋賀県御斎(おとぎ)峠までの間をハイキングコースとして設定しており、看板などの整備がされている。廃補陀落寺跡からの距離を表す町(丁)石が西高倉までに多数存在する。
「廃補陀落寺町石」は国指定の文化財であり、建長年間(1251~1255)に補陀落寺への1町ごとの道しるべとして建てられた。現存する日本最古の町石です。

[住 所] 伊賀市西高倉

岩根の磨崖仏

  

成和西小学校の西にある巨岩に彫られている石仏(高さ約1.7m)は鎌倉時代に作られたもので、県指定の文化財である。花崗岩の自然石に釈迦如来、阿弥陀如来、地蔵菩薩、左側には五輪塔が浮彫されている。かつてこの前には大和と伊賀を結ぶ街道があり、通りかかった多くの旅人はどんなにか心が和んだことでしょう。

[住 所] 伊賀市大野木

峰の六地蔵

 

美しい苔に覆われた竹林を歩いていくと、ふと目に飛び込む峰の六地蔵磨崖仏。室町末期の作と推定され花崗岩の自然石に六体彫られている。一般には30cmくらいの化身が普通であるが、この六地蔵は一尺六寸(約53cm)とかなり大きく珍しい。また一体一体の持ち物を変化させ蓮華座まで刻まれている。

[住 所] 伊賀市島ヶ原
[電 話] 0595‐59‐2053(伊賀市島ヶ原支所振興課)

岩尾山

岩屋山本尊十一面観音菩薩

大きな岩が連なり合った岩窟に、本尊十一面観音菩薩が安置されています。現在は厳重に鍵がかけられていますが、管理者に申告すると開錠してくれます。また、巨大岩の脇の山道を少し登っていくと、観音像が安置されているちょうど上部に、彫刻された自然岩があります。

[住 所] 伊賀市島ヶ原
[電 話] 0595‐59‐2053(伊賀市島ヶ原支所振興課)

行者堂

紅葉行者堂

島ヶ原地区の行者堂の渓谷はとても美しく、特に紅葉の季節は素晴らしいです。木津川の清流のほど近くに、巨大な自然岩に彫刻された役行者像(えんのぎょうじゃ)が祀られています。行者堂横の燈籠は鎌倉時代のもので、笠の形が近年とは異なる貴重なものです。

[住 所] 伊賀市島ヶ原
[電 話] 0595‐59‐2053(伊賀市島ヶ原支所振興課)

御旅所古墳

 

陽夫多神社の御旅所にあるために、御旅所古墳と呼ばれています。横穴式石室を有する古墳で石室を覆っていた土砂が失われ数個の巨大な天井石が露出しています。南に開口する両袖式の石室を有する古墳で古墳後期、6世紀末の築造とされています。

[住 所] 伊賀市馬場
[電 話] 0595-43-1543(伊賀市阿山支所振興課)

辻堂古墳

 

山田盆地の東側の右岸段丘上に立地する、両袖式の横穴式石室の古墳です。墳丘の大半は失われていますが直径20m程度の円墳だったと考えられています。開墾時に石室の天井石と側壁上半部が失われましたが、羨道部に設けられた排水溝は残っていました。また石室内には組合式石棺が残存しています。天井がないのでオープンに石室内が見られる珍しい古墳です。石室内からは約150点の須恵器等のほか副葬品が出土し、豪族の墓といわれています。

[住 所] 伊賀市中村
[電 話] 0595-47-1150(伊賀市大山田支所振興課)

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