伊賀市西高倉にある高倉神社から諏訪に上がる道沿いにはその昔、補陀洛寺がありました。高倉神社の天正二年の棟札に「補陀洛寺・奥坊好円・新坊祐清」などの名前がみえ、高倉神社を管掌していた神宮司の一寺であったと推測されています。補陀洛寺跡の基石から始まり、三丁、四丁、五丁と道沿いに置かれています。今回は高倉神社から廃補陀洛寺跡までの道のりを紹介いたします。





ここからしばらく歩くと車道に出ます。

そのまま道なりに進み、旧道を歩きます。




この近くには五八寸伝承地(つちのこ伝説)がありました。

またここは補陀洛寺山門があったところで町石墓石もここにありましたが、寺跡に移築されています。



※2019年10月6日いがぶら「和銅の道、日本最古の町石巡り」にて
※車の通行にはくれぐれもお気をつけてください。