マニュの感想文



フランスで俳句と言えば、誰でもが松尾芭蕉の
「古池や蛙飛び込む水の音」を連想するだろう。

蛙が池に飛び込むというのは、特別なことでもなんでもないけれども、
その一瞬の出来事に美を見出すことは俳句の特徴だと、私は教わった。

しかし恥ずかしながら、松尾芭蕉については
それ以上のことは何も知らなかった。



こうして予備知識もなく、私は芭蕉の生地である伊賀上野を訪ねてきた。
加茂でワンマンカーに乗ったところから、旅に出たことを実感。

電車がコトコトと川と山の間を走ってゆく。
穏やかな風景で夢がどんどん膨らんでゆく。
松尾芭蕉の伊賀上野とはどんなところだったのだろうか。

伊賀上野の駅前に立っている松尾芭蕉の彫像は、
杖を持って歩いている姿を表している。
さぁ、私も歩きながら松尾芭蕉の足跡をたどっていこう。



まずは芭蕉翁記念館
古い石垣に沿って坂道を上がったところにある。

細長いコンクリートの建物の手前には四角い池があるが、
この真冬にはさすがに蛙はいなかった。

中に入ってみたら、掛け軸や古い本などがいっぱい展示されていて、びっくりした。
小さな記念館に松尾芭蕉に関する史料がこんなに盛りだくさんとは!
細かく見ていけばいくほど、どんどん面白くなって夢中になる。



その後は俳聖殿、芭蕉の生家、くいな笛などなど、一日で盛りだくさんだったが、
最も印象に残ったのはむらい萬香園で飲んだお茶の一服だった。

私は10年近く京都に住んで、日本建築と日本庭園の歴史を研究してきた。
そういう関係で、たびたび茶室や茶庭について調べることになったし、
色んなお茶会にも誘われた。

しかし今までは、掛け軸、茶花、道具、空間構成などに関しては
いつも深い感銘を受けたが、お茶の味が分からなかった。

初めて飲んだ抹茶は「にがっ!」としか思わなかった。
何度も繰り返しているうちに、その味に慣れたとは言うものの、
美味しいと思ったことがなかった。



伊賀上野の蓑虫庵でお茶を楽しもうということだったので、
私たちはまず伊賀上野の城下町を散歩しながら、
和菓子屋さんで芭蕉ゆかりのお菓子を買い求めた。

それから、むらい萬香園で野点セットを借りて、
お茶の点て方を教えてもらった。



むらい萬香園の表は普通のお土産屋さんのように見えるけれど、
奥に入ってみたら、簡単なテーブルと腰掛けが置いてあって、
お茶が飲める空間が用意されている。

このこぢんまりとしたところに、高校生や社会人など、
色んな人が集まって気楽におしゃべりしている。
いわゆるお茶会とは全く違う雰囲気だったが、とても楽しそうだった。

むらいさんは毎日使っている伊賀焼の茶碗でお茶を点ててくれました。



今までに何千回も使われている茶碗だからこそ美味しいのだと、
むらいさんが説明してくれたが、私はいつも通りの苦いお茶を想像して、
茶碗を口に運んだ。

そうしたら、びっくりした。
あの暖かくてまろやかな液体が口に入った瞬間に
「美味しい!」と、初めて感じた。

あまりにも予想外で、言葉にならなかった。
しかし、私の今までの感覚がすべてひっくり返された。
あれは本当に忘れられない衝撃的な一服だった。



一瞬の美を切り取った松尾芭蕉の句を思い出しながら、
蓑虫庵で私なりに俳句を書いてみた。

古店や
思いがけない
お茶の味

俳句としてはどうか分からないが、私にとっては革命の句である。
これから、私の中では伊賀上野と松尾芭蕉とお茶の味は切り離せないものになった。



マニュ